近所からピアノ入門の練習曲が聞こえてくる。このあたりには小さな子供はいないので若い頃の希望を実現しよう、と中高年の方が習い始めたのではないだろうか? 私も練習がいやで上達しなかったが小、中学生の頃ピアノを習っていた。
結婚後、女の子に恵まれたので、甲子園の社宅に私の古いピアノを運んでもらった。久しぶりにピアノの前に座ると指が動いた。それを見て幼い娘が興味を持ち始めた。
神戸に自宅を建て、引っ越した。我が家の裏手から毎日ショパンの美しい旋律が流れてくるので家事の手を止めて聞き惚れていた。四歳になった娘にピアノレッスンをお願いしたい、とそのお宅を訪ねた。娘は若く優しい先生と楽しく練習を続けた。しかし先生の結婚を機に、他の先生に代わらざるを得なくなった。娘には曲も難しくなったのもあるが、新しい先生との相性は余りよくないと見て取れた。
そこで興味の芽を摘んでは惜しい、と次の先生探しが始まった。評判やレッスン内容にこだわって友人、知人に尋ね、かなり厳しいけれど熱心な若い先生を見つけた。
曲想を絵にしたり、物語で現したり、的確で分かりやすく、小学高学年の娘も、音の強弱、速度、音色の表現方法が具体的につかめたようだった。母親の熱心さも子供の力を伸ばす一因だといわれ、レッスンには可能な限り一緒に行った。発表会で難曲にチャレンジしたり、コンクールに出たり、親子揃ってピアノに打ち込んだ。その先生のお陰で娘のピアノに対する気持ちが高まり、最終的には大学のピアノ科へと進んだ。
娘のピアノ教師にこだわり、良い巡り逢いのお陰で、モーツアルトは明るく軽やかで優しいタッチ、ベートーヴェンは強く、威厳を持った重厚な音、ドビッユシーは色とりどりに織り成す繊細な響きなど、ピアノの音色が現す微妙な違いを味わうことを私も覚えた。